1945年の石油危機:若き操縦士 「せき込むエンジン」アルコール燃料に苦労も
太平洋戦争末期、15歳で陸軍少年飛行兵になった上野辰熊さん(98)は、特攻用の飛行訓練などを重ねて九州の部隊へ配属される。そこで直面したのは、厳しい燃料事情だった。敵機来襲のとき、下された命令は。
◆あります。操縦したことがありますよ。朝鮮半島の平壌にいた1945年4月ごろ、高練(99式高等練習機)で実験しました。エンジンのキャブレター(気化器)を交換し、100%のアルコール燃料を使用して、飛ぶことはできました。
ただ出力が低い。燃えないんです。ブスン、ブスンとエンジンがせき込む。これでは戦闘はできない、という結論でした。松根油のドラム缶もあったが、こっちも無理だろうと。とても使う気にはなれませんでした。
◆主に操縦士を訓練する宙527部隊(第23錬成飛行隊)です。単発・固定脚の99襲(99式襲撃機)でトーチカ、戦車などを攻撃するのが任務ですが、45年1月ごろから対艦攻撃の訓練をするようになった。高度1000メートルから45度で急降下し、地上20メートルの超低空を水平飛行して標的に接近する。「ああ、特攻をやらせる気だな」と思いました。3月に意思確認があり「熱望」と記入しました。
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