旧松山藩主の歴史資料、愛媛県に寄贈 目を引く大名の肖像画
松山藩は、江戸幕府を開いた徳川家康の母・於大の方と久松俊勝の間に生まれた定勝の子、松平定行(家康のおい)が1635年に入封し、初代藩主となった。以降、親藩の松平家が16代にわたり松山藩主を務めた。明治維新後、松平家は旧姓の久松姓に戻り、華族の伯爵家に列せられた。
同家には江戸から明治時代、戦後までの幅広い年代の歴史資料が残されていた。愛媛大学法文学部の胡(えべす)光教授(日本近世史)が中心となって調査を進め、5月に調査報告書が完成したことに伴い、県に寄贈を申し出ていた。
県は、久松家に伝わる歴史資料約7000件のうち、約6200件の受け入れを決め、うち約1000件を松山市に譲与する。県歴史文化博物館(西予市)▽県美術館(松山市)▽愛媛人物博物館(同)▽坂の上の雲ミュージアム(同)▽子規記念博物館(同)――で保管される。
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