「新集落」は村を救うか 豪雨15年、消滅危機と災害リスクに挑む
2011年9月に上陸した台風12号は紀伊半島の山間部に豪雨をもたらした。山から崩れた土砂や、川からあふれた濁流は住宅をのみ込み、和歌山、奈良、三重の3県で死者・行方不明者は88人に上った。15年を経た被災地では、集落の再生が進む一方、過疎化に拍車がかかり消滅の危機が迫る地域も出ている。
奈良県十津川村猿飼(さるかい)地区にある高森集落。8月下旬の昼過ぎ、高齢の男女5人が白い小型トラックの前で談笑していた。この日は約2キロ離れた地元スーパーの移動販売の日。移動手段が限られる高齢者にとって、10日に1度の貴重な買い物と憩いの機会だ。
集落は木々に囲まれた小高い丘にあり、15年前に多くの命を奪った熊野川を見下ろす。村が豪雨災害の教訓から比較的安全な場所に整備を進めた「新しい集落」の一つで、他に2カ所ある。
村は「日本一広い村」として知られる。東京23区より広い672平方キロの96%を森林が占め、険しい山と谷の中に集落が点在する。村内では豪雨により6人が死亡、6人が行方不明となった。過去にも1889(明治22)年の十津川大水害で168人が亡くなり、1959年の伊勢湾台風でも被災した。こうした災害リスクを減らすため、村は集落の拠点化を進めている。
高森集落では17年に5棟の平屋建てからなる高齢者向け住宅「高森のいえ」が完成した。豪雨被害が大きかったり、利便性が悪かったりする地域から70~90代の8世帯が移住。避難拠点になる集会所や、子育て世帯向けの村営住宅も併設し、入居者用の農園もある。中央の広場では住民が毎朝8時40分にラジオ体操をする。
この要約はメディアの公開フィードから5Newsが集約したものです。 文脈も含めた全文はmainichi.jpにあります — コンテンツの権利はMainichiに帰属します。