「身代わり」の長崎に思い寄せて 小倉が掲げた「8月9日」
長崎へ原爆が投下された1年後の1946年8月9日、当時の小倉市(現在の北九州市小倉北区など)の濱田良祐市長が、市民に向けて「8月9日を忘れるな」とする「檄文(げきぶん)」を発した。2度目の原爆投下は、大規模兵器工場などがあった小倉が当初の目標だったが、「視界不良」で長崎に変わった経緯がある。
現在、同区で2022年に開館した「北九州市平和のまちミュージアム」に展示されているこの檄文を、関係者は「長崎へ思いを寄せる、小倉の想像力の原点」と捉える。
「8月9日を迎え15万市民に檄す」と題した檄文は、以下のようにつづる。「身代わりになった長崎市民の上に、万斛(ばんこく)の痛悼(つうとう)を捧ぐる」「小倉市の恵まれた誕生は、あの広島や長崎のそれに比して、なんと多幸な条件であろう(中略)私たちは小倉建設の苦難に当たっては『8月9日を忘れるな!』をモットーとし、肝に銘じて、希望の明日へ奮起しよう」。
「見つけた瞬間、ミュージアムの核心になる展示品だと思った」。17年4月からミュージアムの開館準備のため嘱託学芸員として勤務した市原猛志さん(47)=熊本学園大准教授=は発見時の思いを語る。
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