「現代の大政奉還」賭けに出た5代目当主/慶喜家の家じまい④
江戸幕府最後の将軍が創設した「徳川慶喜家」。初の女性当主となった5代目は、4代目の遺言に突き動かされ、「家じまい」に奔走します。でも次々と試練が訪れて……。最終回です。1回目は こちら です。
上野東照宮は1627(寛永4)年の創建。祭神として江戸幕府の初代将軍家康と、八代吉宗、最後の十五代慶喜の3人がまつられている。慶喜をまつったのは1967年から。谷中霊園の慶喜家の墓地とは徒歩15分の距離だ。
慶喜は1902(明治35)年6月3日に、爵位で最高の「公爵」を授かった。渋沢を中心に旧幕臣たちが「徳川慶喜授爵祝賀会」を企画。上野東照宮の社務所で、招待者選びのための打ち合わせをしたと記している。
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