なくそう心の段差:バイク事故で手足まひ 絶望を希望に変えた介助犬との30年
「エクラ、テイク電話」。居間にいた黒い大型犬がさっと動き、約10メートル離れた寝室から電話の子機をくわえて戻ってきた。「グッド、サンキュー」。車椅子の男性が笑顔で頭をなでると、しっぽを振って喜んだ。傍らのソファでは、白い犬が知らん顔で寝ていた。
エクラは8歳の雌。手足が不自由な木村佳友(よしとも)さん(66)=兵庫県宝塚市=の4代目の介助犬だ。昼寝をしているのは雌で14歳のデイジー。3年前に引退した3代目で、人間の年齢なら80代に相当する。
引退した介助犬はボランティアに引き取られる例が多い。だが木村さんと妻の美智子さん(64)は、初代のシンシアから3代続けて、引退後もペットとして一緒に暮らしてきた。新たな介助犬は、同居する先代との相性も重視して育成団体に選定してもらっている。
厚生労働省によると2026年4月現在、国内の介助犬はエクラを含め54頭。エクラは、テイク(くわえろ)やブリング(運べ)など英語の動詞のほか、ケータイといった名詞など計60~70の単語を理解する。指示された物を拾ったり、運んだりすることは犬にとって「ルールある遊び」の感覚だという。
7月7日の七夕、夫婦と介助犬との暮らしは30年を迎えた。初代のシンシアをかたどった犬用ケーキをエクラ、デイジーと一緒に囲んだ。絶望にもだえていた39年前には想像できなかった、幸せな光景だった。
1987年のクリスマス。27歳だった木村さんはオートバイで転倒し、首を骨折した。意識が戻ると胸から下の感覚がなく、医師から「元には戻らない。良くて車椅子。このまま寝たきりもある」と宣告された。
絶望のあまり結婚2年目だった妻に「殺してくれ」と涙を流して迫り、ささいなことで怒鳴った。気丈に振る舞った美智子さんも先が見通せず、毎晩一人になると涙が止まらなかった。
ある日、木村さんは見舞いに来た親族に「次の人生を考えてみては……」と暗に離婚を勧められた。妻のつらさに初めて気づきリハビリに励むようになった。
事故の3年半後に退院。障害用に改造された自動車の運転やパソコンの操作ができるようになり、休職していた会社に在宅勤務の契約社員として復職した。
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